手紙読むのにみんなに座ってもらったけどなんか自分だけが高い位置にいるのが寂しくてしゃがんで喋り出した時の写真笑
最後の特典会で数名の方が、
「卒業の手紙を全く泣かずに読むアイドル初めてみた!」って言ってましたね、それな。
最後は楽しく終わりたい!と思っていたのもあったけど!元々湿っぽいのがあまり好きではないので、、はい、、まあ、とても鳥嶌鈴感が出ていた手紙でしたね。
手紙の内容、主に私が "アイドルになったきっかけ" のお話をしました。
知っていた人も当日知った方もいますが
あの場に居なかったから知らないという人にかるーく説明しますと(時系列等)
〜6歳から高校まで現役バレー人生〜
〜
2014 高校卒業→専門学校
(ここで初めて音楽を学ぶ)
2015 専門学校中退→金沢のお洋服屋さんで働く。
働きながらオーディションやライブ活動を行う。
(並行してJrバレーのコーチもやってました)
2016 お洋服屋さんのおねえさんの時にある1人のアイドルと出会う。おやゆびプリンセスの存在を知る。
そして初めて 地元でも音楽活動ができる場所がちゃんとあったんだ!!! ということに驚く
〜
2017 北陸アイドルオーディションに"ソロアーティスト志望"で応募→合格
しかし最初からソロでは難しいので"アイドルグループに入って名前を知ってもらってからソロでいつかは〜" とご提案いただき、
新生おやゆびプリンセス リーダー 鳥嶌鈴 として活動をすることになりました。
専門時代、選択授業でダンスを取っていましたが
思ったよりダンスをすることやフリを覚えることが苦手で、
スポーツの運動神経とはまた別なんだなと気づいてから何度か選択授業をサボるようになり(←おい)、
自然と 歌手にはなりたいけどダンスは踊りたくない と踊ることを避けていました。
でも新生のメンバーとして、歌って踊るアイドルとして活動するということはまたあの時逃げていた避けていたダンスと向き合わなければいけない…
正直不安ではありましたが、たくさん練習してみんなと一つのものを作っていくことや、上手く踊れたりみんなで揃えるところがピタっと合ったりするととても嬉しいし楽しい!など
歌いながら踊ることの楽しさにも気づくことができました。
逃げていたものといつかまたこうして対峙する瞬間ってあるんだな〜〜と思った。
私の場合それが ダンス だったわけです。あの時それに気づけなかったら今Leo-Wonderとして活動してなかった…!気づけて良かったーーー!!!
…そのことについて書いた歌詞の曲がLAST BIRD.って言うんですよねえ…(唐突に曲の説明します)
*1サビ後半部分
たとえ偶然でもここで出会えたんだから
好きも嫌いも 良い悪いも
全部が"私"を作ってくれたから
*ラストサビ後半部分
最後に一つ伝えたいんだ
君のコトバが羽ばたく勇気くれたから
弱い自分も 逃げた過去も
全部認めたから強くなれたんだ
La la… ありがとう
ダンスだけではなかったけど、当時心のどこかで逃げていたことや避けていたことなどと改めて正面からちゃんと向き合うということを
鳥嶌鈴としての活動でやっていくことができました。
(かるーく説明するどころかめっちゃ書いちゃった!ごめん!)
…そうしてまあいろいろありましたが、、拠点や周りの人達、環境などが変わりながらも活動は続いていき、
色んなご縁があってLeo-Wonderというグループのrinとしての活動も始まりました。
Leo-Wonderの活動をメインにしたかったので、ソロの頻度は減ってはいきましたがゆるりと合間を見て鳥嶌鈴のライブもしていました。
自分の中で、 東京で頑張るのはLeo-Wonder
だから 東京では鳥嶌をやらない と決めていました。(奇跡的に一回だけカホさん東京主催で鳥嶌をやったのですが、レオが始まってから東京でのソロはその一回だけでした…)
なのでほとんど鳥嶌鈴としてライブをするのは北陸だけでした。
ずっとソロを知ってくれていたファンの方は、
鳥さんが北陸来てくれるげんたら行くわ! ってライブに来てくれたけど
東京に来て出会った方やLeo-Wonderで私を知ってくれた方は、
「鳥嶌鈴ってどんな感じ感じなんや…?!」って
それきっかけで初めて北陸にも足を運んでくれた方があまりにも多くて…!ライブだけでなく美味しいご飯とか美味しいお酒…私が好きな場所に聖地巡礼してくれたりなどしてくれました。
私が誰かの何かをするきっかけになれて嬉しかったなあ(T . T)…✨
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